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片倉シルク記念館

2025-12-26

 埼玉県熊谷市にある片倉シルク記念館に行きました。

再訪です。9月に郡山市の養蚕国神社がきっかけで片倉工業・郡山製糸所で使われていた繭倉庫がその後熊谷に移築され、いまは記念館の第2号倉庫として残っていることがわかったので、また来てみました。

以前来たのは15年前で、当時は館内撮影禁止だったこともあり記憶が曖昧なところもありますが、今回伺って、以前よりも内容が充実していると思いました。 


 片倉シルク記念館がある場所は、片倉工業株式会社(以下、片倉)の工場跡地です。片倉としては、最後まで稼働した製糸工場でした。それも平成6 年 (1994)に閉鎖。工場解体後は、片倉が運営するショッピングセンターにイオンがテナントとして入っており、シルク記念館も同敷地内にあります。

片倉シルク記念館の施設は、この工場の繭倉庫を再活用して実際に工場で使われていた製糸機械や生糸の製造工程、工場内での生活等を紹介しています。入館料は無料です。


 わたしがこの記念館の見どころと思うのは以下です。

  1. 特殊な構造の繭倉庫を間近で見られる
  2. 他の資料館では見ない珍蚕具等がある
  3. 製糸工程のパネル解説が専門的で秀逸
  4. 御法川式多条繰糸機にフォーカスした展示がある
  5. 生き生きとした製糸工場の写真が豊富
  6. 国内養蚕の終末期、機械化した農家のビデオ上映
  7. 自転車「片倉のシルク号」の展示

ここからは、この展示内容をダイジェストで紹介します。


 1. 特殊な構造の繭倉庫を間近で見られる

 これが郡山製糸所の元倉庫です。「蜂の巣倉庫」ともいわれます。農家から入荷した繭は乾燥し、繰糸するまでこの倉庫で保管されます。

現在でも群馬県の碓氷製糸株式会社では、このような繭倉庫を利用しており、工場の見学コースに倉庫も含まれますが、建物内に入ることはできません。ここでは間近に構造を見られるのが魅力です。


 2. 他の資料館では見ない珍蚕具等がある

其の一、棚挿式稚蚕飼育装置(松本式人工飼育装置)

蚕が卵から孵化して2、3齢期までを稚蚕期といいますが、この時期の蚕はとてもデリケートなので温度湿度管理をしっかりする必要があり考案された保育装置です。外側を障子紙で囲い、練炭や火鉢等で暖を取ったようです。建物に造り付けの室になっているものは幾つか見ていますが、独立してこのように大きな装置は初めてみました。


其の二、桑葉水切器

桑が雨に濡れたときに使う道具です。濡れ桑をドラム状の籠の中に入れ回転させます。遠心力で水分を飛ばす仕組みです。この道具は特に、稚蚕期の蚕などデリケートな蚕品種の飼育時に用いたそうです。

手動の扇風機は見ますが、遠心力で水を切る道具はわたしは初めて見ました。とてもユニークです。使ってみたい。


其の三、蔟

画像奥:竹製回転蔟

薄く割った竹を渦巻き状に巻き、その間隙に繭をつくらせるます。これと同様の蔟は本庄市の競進社模範蚕室で見ています。わたしは、この2例しかまだ見たことがありません。

画像手前:木櫃竹製区割蔟

竹棒を井桁に区割りして木製枠で固定した蔟。現在主流に使われている回転蔟の原型になったといわれるそうです。これは初めて見ました。


其の四、種繭輸送籠

画像の柱床下にある長細い籠です。

この籠は蚕種製造用の繭を輸送する籠です。農家が繭を出荷する先は大きく2種類あり、1つは製糸原料の繭で、もう1つは蚕種(蚕の卵)製造のために蚕種会社へ納めます。蚕種製造のためには繭を種繭といいます。繭の中の蛹(親蛾になる蛹)が健康に生きていることが最重要なので傷つかないように慎重に運びます。籠は通風を良くするため細長く編まれ、籠の中心にも気抜き用の芯を入れて繭が蒸れないようにしました。


其の五、座繰機

足踏みですが、諏訪式とは少し違って横引きの繰糸道具だと思われます。深谷市血洗島から寄贈されています。渋沢栄一とも何か関連があるかも知れません。わたしは過去、入間市博物館の企画展でこの座繰機に似た器械を拝見しています。これは繰糸鍋など破損部分が大きいので絶対とは断言できませんが。糸枠も本来とは違う枠が差し込んであります。それにしても珍しい道具です。この繰糸機についてもっと調べたいのですが、今のところわたしは情報を持ち合わせていません。


 3. 製糸工程のパネル解説が専門的で秀逸

 他の施設では、なかなかお目見えできない専門的なパネル解説が至るところにあります。

理解しやすい文章にまとまっています。この解説は、片倉で製糸に関わった専門の社員さんがまとめたのでしょうか。これらを冊子にしてくださったら購入したいです。館内の施設の雰囲気と共にいくつかアップします。








 4. 御法川式多条繰糸機にフォーカスした展示がある

明治40年(1907)に発明家の御法川直三郎が片倉製絲紡績株式会社と開発しました。この繰糸機は岡谷蚕糸博物館、東京農工大学科学博物館にも展示があります。岡谷蚕糸博物館で学んだことですが、御法川直三郎がこの繰糸機を開発するに至った発想の根源には「蚕が糸を吐くような低速で糸を巻き取れば、繭糸の品質を損なわない生糸ができるのでは」という話があり、わたしはこの発想に心震えました。個人的に大好きな繰糸機です。


 5.生き生きとした製糸工場の写真が豊富

施設の展示全体に言えることですが、各製造工程ごとにパネルがあり、働く女性たちがどのようなことに気をつけて仕事に取り組んでいたのか、その難しさや真剣さ、そして仲間との楽しいひとときが写真と共に綴られています。ぜひ、この部分もゆっくり見ていただきたいです。


6.国内養蚕の終末期、機械化した農家のビデオ上映

生繭を1トン生産できる農家は一目置かれる存在なのですが、5トン生産した農家の貴重な映像が上映されています。

 

7.自転車「片倉のシルク号」の展示

60代以上の年代の方なら懐かしいのではないでしょうか。自転車製造をしていた時代があり、1964年の東京オリンピックでは日本代表チームの自転車として採用されました。


 片倉工業株式会社の製糸業の歴史は、長野県諏訪郡(現岡谷市)で10人繰りの座繰繰糸から始まり、蚕種の研究と繰糸機の改良、朝鮮半島を含め最大62カ所の製糸工場まで拡大し、良質な生糸を世界中の人々へ届けました。121年続いたそうです。


群馬県民が良く知っているのは、旧富岡製糸場の建物の保管をずっとされていた会社だということ。片倉は昭和14年(1939)に旧富岡製糸場を譲り受け、昭和62年(1987)に閉業後、富岡市に寄付させるまで建物や機械を保管しました。保管維持に年間1億円が掛かったと聞いています。


 話は長くなりますが、岡谷蚕糸博物館には官営富岡製糸場が開業(明治5年・1872)した当時のフランス式繰糸機や生糸の水分検査器が常設展示されています。フランス式繰糸機は、母国フランスには1釜も残っていないそうです。これらは、片倉家によって保管されました。三代片倉兼太郎が上諏訪に建てた懐古館にこれ等を収蔵し、それが後に会社の発祥である岡谷市へ寄贈寄託され、岡谷蚕糸博物館で保存展示されるに至りました。


会社HPの「片倉工業と富岡製糸場の歴史」の最初の一文「1939年から2005年まで片倉工業株式会社は、富岡製糸場の民間最後のオーナーを務め、共に歩んできました。」に心打たれます。自社の所有資産ではあるけれども、これにとどまらない。そこには製糸の歴史を重んずる片倉家、経営人と会社の姿勢、老舗企業の懐の深さを感じずにはいられません。

・片倉シルク記念館 https://www.katakura.co.jp/company/memorial/

・片倉工業と富岡製糸場の歴史 https://www.katakura.co.jp/tomioka.htm#cate-03

・富岡製糸場で使われていたフランス式繰糸機等がなぜ岡谷蚕糸博物館に? https://silkfact.jp/wp/wp-content/uploads/7059245aab5cc593bc1b8b131846f2d5.pdf